札幌地方裁判所 平成10年(モ)2492号 決定 1999年6月10日
別紙当事者目録記載のとおり
主文
一 相手方は、本決定送達の日から七日以内に、別紙契約目録<省略>の各金銭消費貸借契約における貸出の意思決定について作成された貸出稟議書を、当裁判所に提出せよ。
二 申立人らのその余の申立てを却下する。
理由
第一本件申立ての趣旨
申立人らの本件申立ての趣旨は、別紙文書目録記載一及び二の各文書(以下、それぞれ「文書1」、「文書2」という。)は、民事訴訟法二二〇条三号後段所定の文書に該当し(以下、民事訴訟法を単に「法」という。)、あるいは同条四号所定の文書に該当し同号の定めるイからハまでの例外規定に該当しないから、相手方は本件各文書を当裁判所に提出せよとの裁判を求めるというものである。その理由は、平成一〇年一一月二一日付文書提出命令申立書、平成一〇年一二月八日付意見書、平成一一年五月二六日付文書提出命令申立補充書及び平成一一年六月三日付原告準備書面記載のとおりである。
これに対し、相手方は、本件各文書はいずれも同条三号後段ないし四号に該当せず、また四号に該当するとしても同号の定めるハの例外規定に該当するから、提出義務を負わないと主張する。その理由は、平成一〇年一二月七日付意見書及び平成一一年六月一日付意見書記載のとおりである。
第二当裁判所の判断
一 本件文書提出命令申立ての基本事件(平成九年(ワ)第一四三一号債務不存在確認請求事件(本訴)並びに平成九年(ワ)第二一一一号、二一一二号及び二一一三号貸金等返還請求事件(反訴)。以下「基本事件」という。)において、申立人らは、別紙契約目録<省略>の各金銭消費貸借契約(以下「本件各融資」という。)について、右融資は、実際は相手方の申立外A(以下「A」という。)に対する融資であったが、申立人らは、Aに懇請されて名義を貸しただけであること、右融資において、Aが本件各融資に基づく債務を返済し、あるいは債務者の名義を本件各融資成立後一年以内にAに変更しうることが申立人らの動機となっていたこと、Aは、本件契約当時巨額の負債を抱えていたこと、相手方は、以上のような事情を知悉していたことの各事実を主張し、契約の不成立、通謀虚偽表示による無効、説明義務違反、詐欺取消等を理由として本件各融資に基づく債務の不存在の確認を求めている。
二 文書1について
本件において、申立人らは、本件各文書が法二二〇条三号後段及び同条四号に該当すると主張するところ、まず、同条四号に該当するか否かについて検討する。
1 法二二〇条四号は、同条一号から三号に該当しない文書について、一般的な文書提出義務を定めたものと解される。そして、旧法が、文書提出義務の対象となる文書について限定列挙していたのに対し、現行法が文書提出義務を一般化したのは、民事事件において、当事者が十分な訴訟準備をし、また裁判所が争いある事実について適正妥当な認定をするために、広く証拠調べをすることを可能ならしめるためと解されることから、同号ハの「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」とは、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、およそ外部の者に開示することを予定していない文書を指すものと解せられる。
2 甲第四〇号証及び弁論の全趣旨によれば、金融機関においては、種々の貸出案件の意思決定が稟議制度を通じて行われているところ、その与信判断業務は貸出稟議書という書類を通じて展開すること、貸出稟議書は、貸出の適切妥当な意思決定に資し、その過程を記録し、組織内において関係部係へ回付され、当該案件を周知させることにより意思疎通を図るという機能を有すること、貸出稟議書の記載は正確・簡潔・具体的になされるように一般的に留意されていることが認められる。
この貸出稟議書は、信用金庫においても、銀行等の他の金融機関と同様に作成されていると推認されるところ、前記のような貸出稟議書の目的・機能等からは、貸出の正当性や合理性が問題になったような場合、例えば貸出の適否についてその貸出の相手方の間で紛争が生じたような場合は、信用金庫において、その貸出の正当性や合理性を主張するための重要な基礎資料となると考えられる。
さらに、信用金庫業務の公共性に鑑み、金融再生委員会は、信用金庫の業務・財産の状況に関し検査を行うことができるとされているところ(信用金庫法八九条一項、銀行法二四条及び二五条)、与信の検査においては、貸出稟議書が、貸出業務が適正に行われているかどうかを判断する上で重要な基礎資料として検査の対象となりうると推認される。
以上によれば、貸出稟議書は、相手方の意思決定の過程において、その合理性等を担保するために作成される重要な基礎資料であり、組織内における公式文書であること、様々な局面で信用金庫自身が貸出の合理性、正当性を外部に対して主張する場合、あるいは外部の者がこれらを確認する場合に、これに基づいて検討がされることから、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、およそ外部の者に開示することを予定していない文書であるということはできないと解せられる。
相手方は、本件の事実関係については既に取調べ済みの証拠から争点の解明は十分であり、ことさら稟議書を検討する必要性が乏しいと主張するが、本件各融資に至るAとの交渉の経緯・内容、申立人とAとの関係等に関する相手方の認識の記載があれば、それは基本事件の争点の解明に役立つものと認められるから、右主張は理由がない。
3 以上のとおり、その余の点について判断するまでもなく、貸出稟議書の提出を求める部分については理由がある。
なお、申立人らは、文書1において、「貸出稟議書その他文書の名称に関わらず被告内部における貸出の意思決定に関して作成された全ての書面」の提出を求めている。しかし、稟議書以外の文書については、その特定が不十分であるところ、例えば個人的なメモ等は、前記のとおりの稟議書の作成目的、機能を有するものとは認められず、むしろ法二二〇条四号ハに該当すると推認される。さらに、貸出稟議書以外の文書1に該当する文書について、それらが法二二〇条三項後段の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書に該当するとの具体的な主張はない。
したがって、主文掲記のとおり、本件各融資に関する貸出稟議書に限って提出を命じることとする。
三 文書2について
文書2は、相手方と訴外住宅金融公庫(以下「公庫」という。)の間の保険契約(「住宅融資保険」と呼称されている。以下「保険契約」という。)に関するものであると認められるところ、甲第一八号証及び第二九号証及び弁論の全趣旨によれば、あらかじめ右保険契約が締結されていれば、相手方の行う融資が保険契約に定められた一定の条件を満たす限り、相手方による個々の融資実行の都度、公庫に貸付実行通知書を送付するだけで自動的に保険関係が成立すること、融資を受けた者の債務不履行等の保険事故が発生した場合、相手方からの保険事故発生通知、保険金の支払請求に応じて、公庫による審査がされた上で、保険金が相手方に支払われるシステムになっていること、融資内容については、個々の融資契約の締結の時点では公庫に対し説明はなされないことの各事実を認めることができる。
以上の事実からは、申立人らと相手方の間の本件各融資と、相手方と公庫の間の保険契約とは別個独立のものであり、申立人らが本件文書提出命令申立てにおいて証明しようとしている事実の立証に役立つものとは認められず、証拠調べの必要性が認められない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、文書2に関する本件申立ては理由がない。
四 以上のとおり、本件申立ては、主文掲記の文書の提出を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分については理由がないからこれを却下することとする。
(裁判官 高瀬順久)
<以下省略>